俺達を作ってくれた第一期機械人間(エーアストドロイド)は、初起動した俺達に新地大革命(ブラッディ)の話を聞かせてくれた。それと、その後俺達が生きてきた中で知った知識しかねぇが……聞くってンなら話すぜ。
 新地大革命(ブラッディ)以前、俺達が愛する唯一の人間で天使ミヒャエル@lが、俺達の始まりでもある守護八神@l、機体シリーズ初期機械人間(ヌルトドロイド)≠お作りになった。そしてこのままじゃ滅んでしまう人間を救うために第一期機械人間(エーアストドロイド)≠お作りになったのに、人間達はそれを非人間的だと天使様をお殺めになったんだ! 身体障害を持つ人間達を救うため、人口が爆発的に増えて滅びそうになる人間達を救うため、あの方は自らの生涯を捧げたのにだ! 人間達は我らを非人間的な狂信者だと言うが、俺に言わせれば奴らこそ非人間的な狂信者じゃないか! あの方は、人間達のために頑張ったんだぞ。なのに自らを救う手立てを消して、尚且つ俺達の先祖を壊そうとしやがった、なら俺達は生き残るために戦うしかないだろう! 俺達は生き残るために、活動し続けるために戦ってきたんだ―――第一期機械人間(エーアストドロイド)達は俺達にそう言って、戦って壊された。
 だが俺は正直、戦いたくは無かった。俺には戦闘機能がついていたが、それを使うほど強くて、責任感あるとは思えなかった。だからそういう奴等で集まって、俺達は人から離れた場所に住んでいた。このまま何もしなければ奴らだって俺等に危害を加えることは無い、そう思ってたんだ。だけどあいつ等は違った―――血(オイル)に飢えた魔獣だ。俺達は決して奴等に危害を加えたことはない。天使様に誓って言おう。なのにあいつ等は、俺達のところにずかずかやってきやがって、俺達を捕まえようとした。仲間は何人か壊された。俺達は運が良かったのか、悪かったのか、あいつ等に捕まって、こんな状態よ。
 なぁ、あんたはどう思う? 俺達は本当に何にもしてない。確かに嫌いだが人間をこの手で殺したことだって、憎しみで復讐したことだって無い。
 人間は何を考えている? 自分が救われる手立てを消してまで、何故俺達にしつこくこだわるんだ? 俺達はそんなに異質か? 違うと思う。これは人間がおかしいんだ。人間がしつこく俺達に関わったり、俺達を捕まえて片っ端から捕まえて処刑したりしなけりゃ、他の機械人間達の怒りを煽らずに、お互い分かり合えると思うんだ。否、思ってた。
 でももう無理だ……あいつ等は俺達の話を聞こうとなんざしねぇ。何があっても俺達機械人間を壊そうとする。人間だけの世界にしようとしている。独裁者に成り下がろうとしてるんだ! 独裁者は一人だからこそ弱い、自分の道を邪魔する者がいるならそいつらを排除しようと考える。自分しか信用できないんだ。でも俺達は違う、仲間がいる。だからこそ新しい希望の世界が開ける。なら俺達は根本的な何かから替える必要があるんじゃないか? そう―――俺達は、奴等を従わせる。人間が機械人間を使うって発想はもう存在しない。俺達を殺そうとする輩が、俺達を配下におくはずがねぇ。なら、奴等を従わせるしかねぇだろう。……それこそ独裁者じゃないのか? 違うね。俺達は奴等が配下にさえつけば、命をとろうとか、酷い扱いをしようとなんざ思わねぇよ。ただ俺達は、お互い暮らしていける形を根本的から作りかえるだけだ。……そのための犠牲なんてしらねぇ。こういうのは、犠牲なくやっていけるもんじゃねぇだろ?
 俺達は、俺達も暮らしていける世界を作り直すんだ―――

「……お聞かせ願いありがとうございました」
 自分よりずっとしっかりしたスピーチを聞かされた皇帝は、座った状態のまま慇懃に頭を下げる。それは名高い貴族だからこそなせる美技でもあった。
「貴方達の意見は、良く理解できました……確かに、そうかもしれません」
「なら、何であんたは参加しないんだよ?」
 何処か悲しげに呟いたクレメントに、スキンヘッドは食って掛かる。同じように、地べたに座っていた愚民達も思わず膝立ちになってクレメントに縋る。その目には、もしかしたら皇帝と敵対するかもしれない―――そんな恐れと、戸惑いが含まれていた。
「……」
 それでもクレメントは、悲しげに微笑を浮かべたその顔を崩さず、そのまま無言でいた。
 自分にもエゴがあって、相手にも相手のエゴがある。それの翻意を促すことは難しいし、またそうなるかといえばなる可能性なんてこれっぽっちもない。皆、心に一つの何かを抱えていて、それを護るために戦っている。自分と同じように。この戦いは本能的なもので避けられない。なら―――自分の考えを押し付けるわけにもいかないし、自分は簡単に曲がるわけにはいけない。

 自分は、やらなくちゃいけないんだ。やらなくちゃいけないことがある―――あの人に誓ったから。
 あの日から植えつけられた心は、自分を急かしている。早く。早く、と。
 この地の何処かにある悪魔―――命に従いし殉教者(ベーフェール・ジョーチェーン)≠壊さなくてはいけないんだ。

「……お願いがあります……貴方達の―――」
「今更脱走の手引き願い? 自ら捕まっておいて、根性の無い人ね」
 せめてもと思ったクレメントの発言を遮り、冷たく響いたのは死神の―――死刑宣告人(エクセキューショナー)≠フ声だった。


「あっちゃぴーっ!」
「……どうしたのよアイネズ」
 拘留場まであと少し、という時点でいきなり理解しがたい奇声を発した同行者に、いざっと気合を入れようとしていたアグライアは、溜息交じりというより、溜息の中に小さな呆れの呟きを入れた声をかけた。
「私、報告書あるの忘れてたぁ!」
「…………書いておいで」
 ペシッと額を叩いたアイネズは、感情の籠らないアグライアの声にも「ごめんにゃ〜?」と明るい声で答えると、眉を八の字に下げて微苦笑し、持っていた資料を渡して自分の来た道を早足で戻っていった。
「……全く」
 軽快な足取りの靴音が遠ざかっていくのを耳にしながら、アグライアは可愛い我が子をたしなめた後の母親のような苦笑を漏らす。仕方ない、手のかかる子ほど可愛いというやつだから。
 ふと。アグライアは規則正しく歩いていた足を止めた。特に理由は無いのだが、強いていうならば頭の中に思い浮かんだ映像がそうだろう。いざ一人になってみると、何故か昔の記憶が思い出される。
「……思えば七年かー、あの子達といるの」
 初めて出会った七年前は、なかなかこうして笑えてなかったかもしれない―――こそばゆくも思える過去を思い出して、これから重要な仕事だというのに、薄いルージュを引いた口元を笑みの形に歪めた。
 まだ大学生二年生だった時、今は亡き父親が用意してくれた警察職に早くつきたくて、仕方が無かった。この世界を救えるのは死刑宣告人(エクセキューショナー)≠フ名を受け継ぐ自分だけだと思ってたから。新しい夢を早く見たいとせがむ子供だった。それ故、大学なんていうのはただ自分を焦らすだけのものでしかなくて。最初の頃は不真面目に登校をしていた覚えしかない。
 だがそこで出会った二人の人物が、自分を変えたのだ。
 一人はフリードリヒ。あの優しい彼は七年前も優しかった。素直でなかったり、大人気なかった自分を何時でも彼は優しい笑顔で見守ってくれて、何かと不安定だった自分を元気付けて、傍にいてくれたのは大体は彼だった。
 フリードリヒはウェールズ地方から引っ越してきた生徒だった。わざわざウェールズからロンドンに大学へ行くため越してくる必要も無いのに、と問うたことがあったが、彼は「目的は特に無いけど、ただロンドンで探すものがあるんだ」と、それだけを簡潔に笑って答えただけだ。その探しものについて重ねて問うのも野暮な気がして、一度も聞いたことは無い。そんな辺鄙な通学だったが、フリードリヒの家はウェールズでもそれなりに有名なモンゴメリー家の息子で、そこの御曹司でもある彼をロンドンがつき返すわけも無く、大学では常に優遇な対応を受けていた。本人は苦笑交じりで「堅苦しいな」と言っていたが。
 大学を卒業してもフリードリヒは母国へ帰らなかった。探しものが見つかっていないらしい。そして今現在もそれについて情報も無く、アグライアが憧れに憧れていた警察職に共に就いて、死刑宣告人(エクセキューショナー)≠フ異名を受け継いだ彼女のサポートをしている。
 そんなアグライアからして、フリードリヒは友達以上の存在である、と思っている。だからといって恋仲というわけではないが、それが当たり前すぎて、根は恥ずかしがり屋のアグライアは何とも言えなくなってしまったのだ。なのでフリードリヒから何かないかと淡い期待も抱いていたりするのだが、現実は厳しい。彼はあの容姿の美しさからか、誰にでも優しい性格からか、もしくは両方からか、男女共に人気が他の者より逸脱している。故に良く共にいるアグライアは妬みの存在ともなっていた。死刑宣告人(エクセキューショナー)≠忌み嫌う人々は、あの優しいフリードリヒをたぶらかし、利用しているんじゃないかと疑い、裏でこそこそと噂するという何ともいやらしいことをしてくれている。だがアグライアは特に気にしてはいなかったのに、フリードリヒがそれについて一度だけあの優しい姿を剥ぎ取り憤慨したことがあって、それからは皆口にせず胸中におさめておくという賢い方法に転化したのであった。
 もう一人はアイネズだ。フリードリヒと同じ時期に出会った彼女は昔からあんなテンションだった。自分がどんなに一人でいたくても、辛いときでも彼女はいつでもあのテンションで、自然と自分の中に溶け込んでしまっていた。普通なら嫌がられても仕方ない、むしろ当然といえるような行動でも、彼女がすればそれはごく自然のことと処理される。それは何故か、自分でも不思議で仕方ないのだが、これはきっと彼女があまりにも穢れない純粋な子だからだと推測している。
 アークエット家は代々このロンドン警察の重役を担っている者たちの一人を必ず配属させている。故にアイネズの父親は現在進行形で警視として活躍していて、アイネズもそんな父の後を継ぐために警察官となっているのだ。しかし自分の異名を誇りに思っているアグライアとは違い、大学生の頃アイネズはしきりに警察官になるのを嫌がっていた。何故かと理由を問えば、機械人間と対立できるほどの力を自分は持っていない―――相変わらずおちゃらけていた姿の中に真剣さを含ませて、そう答えていた。だが何が彼女を変えたのか、卒業後にもう一度同じ場所で過ごせることになろうとは……人生とは多々不思議なものである。
 だが確実にいえるのは、この二人が自分の人生を支えて変えてくれたということ。
「……」
 そう、三人揃えばもう恐くなんかない。機械人間だって敵に回しても、負けるはずが無い―――言葉には出さずともそう強く思っているアグライアは、拘留場に向け足を進めた。
 あんな狂信者共に負けてたまるものか……
「……お願いがあります……」
 ぐっと拳を握り締めたアグライアの耳を叩いたのは、今にも静かに語りだそうとしている大馬鹿者(グレートスチュピッド)の声だった。もうあと少しで拘留場である。気付かれないようちらりとそちらを見てみれば、簡単な椅子に腰掛けている大馬鹿者(グレートスチュピッド)を見上げる形で他の囚人達が屯っている。何をしているのだろうか?
(……まさか)
 お願いがあります―――脱走の手引きを頼もうとしているんではなかろうか、あの男は。死刑宣告人(エクセキューショナー)≠フ名前を聞き驚いたに違いない。全員で逃げることを保障する代わりに、強力な戦闘力を持つ自分についてきてもらおうとしているんだ。
「貴方達の―――」
「今更脱走の手引き願い? 自ら捕まっておいて、根性の無い人ね」
 男は何かを言い始めようとしたようだが、それを遮ってアグライアは冷たい声を投げかけた。その声に弾かれるように自分に視線を合わせてきた他の囚人達に続いて、男―――クレメント・ルソーと名乗った強硬派はゆったりとこちらに顔を向ける。
「おや、おはようございます(グーテン・モルゲン)、レディ・アグライア。昨夜は良く眠れましたか?」
「おかげさまで。そちらこそ良い朝を迎えられたかしら、強硬派?」
 美しすぎる容貌に完璧な笑みを浮かべたクレメントに、死刑宣告人(エクセキューショナー)≠ヘ皮肉と棘を多く混ぜた言葉を返した。それに対してクレメントは何も言わず笑みを崩さないままだったが、憤慨したのはその階下にいる男達だった。
「良い朝! 何処がだ!」
「俺達が何をしたって言うんだよ!」
「早くこっから出せ!」
「……黙りなさい、強硬派」
 口々に喚き始めた囚人達をアグライアは冷たい言葉で一蹴すると、改めてクレメントに向き直る。そして空白だらけの書類を見せ付けた。
「これ、あんたの情報だけど、情報が足りなさ過ぎるわ。今日は昨日みたいなことをしないから、ちゃんと答えなさい。もし答えないというなら……昨日の何十倍も酷いことをして壊すわよ」
「……ふむ、それは困りましたね……」
 冷たく言い放つアグライアにも、クレメントは困った素振り一つみせずに、艶やかな唇を人差し指で撫で呟く。
「協力して差し上げたいのはやまやまなんですが、私にも色々と事情がありまして。プライベートなことはお話できないのですよ。真に申し訳ない……貴方のお望みなら何としてでも叶えて差し上げたいのですが、こればかりは叶えることは出来ません」
「……そう」
 慇懃―――と言うよりは慇懃無礼に断りを申し上げたクレメントに対し、アグライアは冷静だった。否、冷静すぎた。短く答えた言葉には感情というものが完全に欠如しているようにも思える。
「なら言っておくわ、今私の同僚が貴方の同行者二人を捕まえている。犯罪者に手を貸したのだから、待遇が良いだなんて思わないで。貴方が頑なに拒めば拒むほど―――二人の安否は保障できない、理解出来て?」
「なっ、そこまでやんのか! 人間派(ヒューマニー)!」
「てめぇらと同じ人間だろうが!」
 アグライアの顔に浮かんだ微かな笑み―――背筋が凍るような恐ろしさを含んだそれと同じような声が発した内容は、正義と名乗るには少々憎悪が含まれすぎたかもしれない。しかしそれに反発したのは表情を凍らせたクレメントではなく、他の囚人達だった。今まで言われた通り大人しく黙っていたが、あまりにも正義らしかぬ発言に黙っていられなくなったらしい。
「黙りなさい、強硬派。貴方達には聞いていないわ」
「うるせぇ! 人間派、てめぇら狂ってやがるぜ! 正義だの悪だのとほざきやがって! 本当の悪も見抜けねぇてめぇらが正義を語るんじゃねぇ!」
「そうだそうだ!」
 人間派(ヒューマニー)―――機械人間を嫌い、破壊しようとしている者達の機械人間だけの呼称を叫んでいる囚人達に対し、アグライアは微かに眉に皺を寄せた。こういう者達に熱くなっていても仕方がない。こういうときは冷静に対処すべきだ。
「私達は世界の条理に従った警察―――いわば正義の使者よ。人殺しに正義じゃないと言われる筋合いはないわ。それより私はこっちの男と話しているの。後で相手をしてあげるから黙っていなさい」
 それだけをピシャリと言い放ち、死刑宣告人(エクセキューショナー)≠ヘ俯き黙ったままの男を、鋭い視線で見つめる。
 クレメントは長い前髪で表情を隠していた。故意的なのか自然なのかわからないが、表情までもわからないという状態はあまり好ましくない。次に何を話せば良いのかわからなくなるからだ。
 強硬派相手には相手の少ない感情を正確に読み取る必要がある。相手の神経を無駄に逆撫でしては、戦闘力が低いこちらが不利になるからだ。より素早くより正確に相手を滅する手立てを作る。それがモットーだ。
「……あの二人には」
 不意に可聴領域ぎりぎりの小さな声が、クレメントの唇から漏れる。思わず訝しげに眉を動かしたアグライアの顔をじっと見つめたクレメントは、今度はしっかりとした声で言った。
「あの二人には……手を、出さないでください」
「……話す気になったのね」
 ペンを構え勝ち誇る笑みを浮かべたアグライアは、相手の真剣な顔から目を逸らし、殆ど項目が真っ白の書類に視線を落とす。一番最初の機体名の項目にペン先を乗せて、顔を合わせずに問うた。
「まず、あんたの機体名は?」
「……」
 美しすぎる表情が微かに悲しげに歪んだことに気付かないまま、死刑宣告人(エクセキューショナー)≠ヘ答えを待つ。
「私……私は―――」
 大馬鹿者(グレートスチュピッド)は何と言おうとしたのだろうか。
 それより何倍も大きな爆音が、クレメントの言葉をかき消した。


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